HAMA PHOTO
2026.06.28撮影

あの一枚に近づくために——構図・光・レンズの話

「このレンズなら撮れますか」への答え。光の舞台を先に見つけて待つという順番、影の使い方、絞りの選び方、24mmと50mmの違いまで、リファレンスを分解しながら書きました。

友人からこんな質問をもらいました。

「このInstagramの写真みたいなの、どういうレンズを使えば撮れるんですか?」

送ってくれたのは、teo_crawfordさんという方が投稿していた湯沢の写真です。友人が「こういう写真を撮ってみたい」と、リファレンスとして見せてくれたものでした。

雪国の駅で、ガラス越しの光が床に四角く差し込んでいて、その光の箱の中に人がひとり、スーツケースを傍らに立っている。キャプションには「Just before catching a train in Yuzawa, I spotted this person waiting in a box of light」とありました。

この写真、ぼくもとてもいいなと思いました。なので今回は、ぼく自身が普段どう考えて撮っているかを、友人へのお返事も兼ねてシェアしてみます。正解を教えるというより、撮りに行きたくなるきっかけになればと思っています。

まず、何がこの写真をいいと感じさせているのか

レンズの話をする前に、少しだけ立ち止まりたいです。

この写真がいいのは、「人を上手く撮れている」からではない気がしています。順番が逆なのではないか、というのがぼくの感覚です。

たぶん teo_crawford さんは、まず駅に着いた時点で、あの光の差し込み方を見つけています。窓の向きと時間帯がたまたま重なって、ホームの床に光の四角ができている。そこに誰かが入ってくるかどうかは、まだわかりません。でも、その「舞台」がもう成立している状態を、先に見つけている。

そして、そこに人が入ってくるのを待つ。

これは「シャッターチャンスを待つ」というよくある言い方とは、少し順番が違う気がします。先に偶然性に賭けて待つのではなく、まず舞台の条件を理解してから待つ。光が出る時間帯、窓の角度、人が通る通路の位置。そういうものを読んでから、そこに立つ。

実際、このシリーズは1枚だけではなくて、雪に埋まった三角コーン、ひしめく売店の看板、雪山を背にした住宅地と、人がいる写真と人の気配だけが残る写真が並んでいます。湯沢という土地に「人がいた、あるいはこれから現れる」という余白を、シリーズ全体で持たせている。

ここがまず一番大事なところだと思っています。レンズや設定の前に、「何を待っているか」を自分の中に持つこと。

構図──舞台の組み立て方

「待つ」と言っても、ただ立っていればいいわけではなくて、舞台の組み立て方にはいくつか実践しやすい型があります。次に撮りに行くとき、実際に試せるように具体的に書いてみます。

1. 光や影の形を、そのまま枠として使う

今回の写真がまさにこれです。床に落ちた光の四角が、そのまま構図の枠になっていて、人物はその枠の中、あるいは際に置かれています。見る人の視線が自然と「光→人」の順で動くようになっている。

やり方としては、被写体を探す前に、まず床や壁にできている光のかたちを探します。窓から差す光、ドアの隙間から漏れる光、看板の照明。その明るいエリアを「ここが舞台だ」と決めて、その中や縁に人やものが入る瞬間を待つ。最初に光のかたちを見つけて、額縁のように使う、という順番です。

2. 光を見るのと同じくらい、影を見る

これは意外と見落としがちなのですが、明るい部分を探すのと同じくらい、暗い部分・影の形を見る感覚が大事だと思っています。

写真は、明るいところがあるから主役が浮かぶのではなくて、周りに暗がりがあるからこそ、光の中のものが際立ちます。今回の写真も、駅の天井や手前の床が暗く落ちているおかげで、光の箱がくっきりと浮かび上がっています。撮るときに「どこが明るいか」だけでなく「どこを暗いまま残すか」を意識すると、画面がぐっと締まります。影は邪魔者ではなく、光を引き立てる相方だと考えてみてください。

3. 視線の通り道をつくる

床のタイルの目地、通路のライン、線路、雪かきされた道。こうした奥に向かって伸びる線があると、それが見る人の視線を主役まで導く「通り道」になります。被写体を画面のどこに置くか迷ったら、こうしたラインの先に置いてみると、視線が自然と流れていきます。

4. 余白を主役にする

無人の駅、雪に埋もれたコーン、人のいない住宅地。これらは「何も写っていない」のではなく、余白そのものが主役です。人がいない分、見る人が「ここに誰かがいたのかもしれない」と想像する余地が生まれます。シリーズの中であえて人を抜く写真を混ぜると、全体に呼吸が生まれます。

最初はこの4つを意識するだけでも、撮れる写真がかなり変わってくると思います。

絞り──全体を見せるか、一点を浮かせるか

今回の写真は、駅の奥行きや窓の外まで、景色全体がしっかり見えています。これは絞りを絞って(F値を大きくして)撮っているからです。

絞る(F8〜F11くらい)と ピントの合う範囲が手前から奥まで広がります。空間そのものを見せたいとき、舞台全体を成立させたいときは、絞る方向が合っています。今回のような「土地の空気を写す」写真は、絞っているからこそ成立しています。

開放にする(F1.4〜F2.8くらい)と 主役だけにピントが合って、背景がやわらかくボケます。人物だけを浮かび上がらせたいとき、ごちゃごちゃした背景を整理したいときに効きます。

どちらが正しいということはなくて、「空間ごと見せたいのか、一点を浮かせたいのか」で選びます。今回のリファレンスを目指すなら、まずは絞る方向から試すのがいいと思います。

色──暖かさと冷たさが、見る人の内側に触れる

色について、少し踏み込んで書いてみます。

この写真には、室内に差し込む暖かい光と、外から入ってくる冷たい青みが同居しています。雪国特有の、外は寒色、光の中は暖色、という対比です。

ルドルフ・シュタイナーは、色は単なる視覚情報ではなく、見る人の魂や感情に直接働きかけるものだと考えていました。彼の見方では、赤や黄のような暖色は、こちらに近づいてくる、能動的に語りかけてくるような作用を持ちます。見る人を内側から温め、誘い込むような感覚です。一方で青のような寒色は、奥へ引いていく、静けさや距離をつくる作用を持つとされます。見る人を内省へ、静寂へと向かわせる。

この写真が心を惹くのは、ただ色が綺麗だからではなく、この二つの作用が一枚の中で同時に起きているからだと思います。暖かい光が「おいで」と語りかけ、冷たい外気が「ここは静かな場所だ」と引いていく。その間に、ひとりの人が立っている。見ているこちらの内側でも、温かさと寂しさのようなものが同時に動く。だから、ただの駅の写真なのに、なぜか胸に残る。

撮るときに難しい色温度の数値を覚える必要はありません。それよりも、自分が今いる場所の光が「近づいてくる暖かさ」なのか「引いていく冷たさ」なのか、あるいはその両方が混ざっているのかを感じてみる。その感覚を持って光を探すだけで、選ぶ場所も、撮る時間帯も変わってくると思います。

光を読むための、ちょっとした道具

ここまで「光の差し込み方を先に見つける」という話を何度かしてきましたが、それを助けてくれる道具も紹介しておきます。

ぼくが使っているのは「Sun Seeker」というiPhoneのアプリです。今いる場所で、太陽がこの先どの方角からどの高さで差してくるのか、何時にどこへ動いていくのかが、カメラ越しの画面上で確認できます。

何が便利かというと、「今この光がいい」ではなく「あと一時間したら、この窓からこの角度で光が入ってくるはず」というのが事前に読めることです。さっきの駅の写真のような、床に光が落ちる瞬間を狙うなら、その時間帯を逆算して現場に立てます。行き当たりばったりで待つのではなく、舞台が成立する時間を先に知ってから動ける。これは「待つ」という行為を、ぐっと効率的で楽しいものにしてくれます。

App Storeはこちらです: https://apps.apple.com/jp/app/sun-seeker-tracker-compass/id330247123

もちろん、アプリなしで自分の目と勘で光を読むのも、それはそれで楽しいものです。ただ、最初のうちは道具に助けてもらうと、光のリズムが体に入ってくるのが早い気がします。

レンズ──焦点距離は、身体で覚えていくもの

最後にレンズの話です。

今回のリファレンスを見ると、おそらく24mmから35mmの間の焦点距離だと思います。空間の広さと、人物を画面の中の「要素のひとつ」として置くバランスが、この距離だと自然に取れるからです。望遠で人物だけを切り出すと舞台の空気が消えますし、超広角だと人が埋もれてしまう。24〜35mmあたりは、空間と人物のどちらも主役になれる距離です。

ただ、焦点距離って、知識として「これがいい」と言われても、実際に使ってみないと本当のところはわからないものだと思っています。頭で覚えるというより、身体で覚えていく感覚に近い。色々な焦点距離を使っているうちに、「自分はこのくらいの画角が好きだな」というのが、だんだん分かってきます。

参考までに、ぼくの場合は、写真だと普段24mmを付けっぱなしにしていることが多いです。街や空間ごと写したいことが多いからだと思います。人物をしっかり撮りたいときは50mmに替えます。50mmは目で見た感覚に近くて、背景も適度に整理されるので、人にぐっと寄りたいときに合っています。

これはあくまでぼくの好みで、正解ではありません。だからこそ、色々な焦点距離を試してみるのがいいと思います。気に入らなければ手放せばいいですし、その「試した」経験そのものが、自分が何を撮りたいのかという感覚を育ててくれます。

リファレンスを真似する、ということ

ここまで構図や影、絞り、色、焦点距離と色々書いてきましたが、これらは全部、最初に書いた「光の舞台を見つけて、何かを待つ」という感覚に繋がっているものです。技術は、その舞台をちゃんと成立させるための道具で、目的ではありません。順番としては、まず「いいな」と感じる景色や光があって、それを写し取るために構図や絞りがある。逆ではないと思っています。

そして、その「いいな」を自分の中に増やしていく一番早い方法が、リファレンスを真似することだと、ぼくは感じています。

ぼく自身は、ロジックより感覚で撮ってしまうことが多くて、感覚だけで進んでいると、自分が撮りたいものにたどり着くまでにけっこう時間がかかります。だから最近は、いいと思った写真を見つけたら、それに近づけてみる撮り方をよくしています。今回の構図や絞りの話も、リファレンスを「なぜこれがいいんだろう」と分解していくうちに、自分の言葉になっていったものでした。真似することは、ただの模倣ではなくて、見る目を分解して鍛える作業でもあるんだと思います。

おもしろいのは、とことん真似してみても、結局は自分の感性みたいなものが滲み出てきてしまうことです。同じ場所で同じように撮っても、立つ位置も、何に目が留まるかも、微妙に違うから、まったく同じ写真にはなりません。だからぼくは、真似することにあまり抵抗を感じなくなりました。

今回、友人が「こういう写真を撮りたい」とリファレンスを送ってくれたこと、ぼくはそれを見て、こっちまで撮りに行きたくなりました。憧れる対象があるというのは、それだけで外に出る理由になります。そして外に出て、光や影を探して、何かを待っている時間そのものが、すでにいちばん楽しいところだったりします。

長くなりましたが、もし「ここがよく分からない」とか「これはどう撮るの?」みたいなことがあれば、気軽にご連絡ください。一緒に掘り下げていきましょう。

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